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中学1年の二女が悩んでいる。
勉強を頑張りたくて入った私立校。
私も授業内容に感動して進めたのだが、今ではクラスの雰囲気が悪いらしい。
二女がいじめられたわけではない、誰かを批判したのではない。
しかし、担任の指導に反発し、「死ね」などという陰口が飛び交ってるらしい。
優秀な成績の子でもそういう言葉を吐くことに二女が酷く心を痛め、孤独感を味わっているようだ。

担任の能力や指導不足を指摘してる父兄もいるだろう。だが一番まずいのは我が子可愛さに一緒になって担任や学校批判をすることだ。
学校クレーマーが増えると学校が成り立たなくなる。クレームを言う親が理想の教師を用意できるわけでもない。
恐らく表面上、担任がすりかわっても根本に「死ね」などと平気で口にする人間性が治らない限り、その子の人間形成は固定化され世に出て行ってしまうことだろう。

私立だからお金を払ってることに乗じて何でも言っていいというわけではない。その家庭での子育てはどうなのか?勉強が出来るだけでいいのか?将来お金持ちにさえなれればいいのだろうか?

己の間違っている部分を認め、受け入れ、目上の人に対する敬い、弱い者への愛情を持てないのであれば、どんなに勉強が出来ても人間としては失格なのではないだろうか。
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コメント
この記事へのコメント
状況が良くはわからないのですが、一般論として・・・
わたしやpiraさんの時代の「死ね」という言葉の重みと、昨今の重みとはで全く異なると思うのです。つまり、その子供は全く違うニュアンスでその言葉を使っている可能性もあるということです。
「死」に対する認識の軽さではなく、「死」という言葉を使う意識の軽さです。
おそらく「死ね」は、その子にとって「うるさい!」と同義ではないかと思うのですが。
もちろん、困ったことではありますし、piraさんと同じ価値観で育っているであろう娘さんにとって、耐えられない言葉であることには変わりありませんが。
2007/10/12(金) 23:20 | URL | kom #-[ 編集]
komさん。
そうですね、時代の移り変わりと共に言葉の持つ意味やニュアンスが変わっているということもありますね。
しかし、うるさいという感覚だとしてもそういう言葉を日常使って良いかというとそうではないと思います。私が教師だったら言われるのも辛いですし、子供がそういう事を言っていたら注意します。
子供というよりそれを野放しにしている私達親の責任なのではないでしょうか?

親が自分の子が見えていない、見ようとしないなど、親の感覚が麻痺してる感じがしてなりません。
2007/10/13(土) 09:26 | URL | pira #-[ 編集]
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