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篠原涼子が妊娠してるとかしてないとかがニュースになっているようだが・・
彼女のプロフィールを見ていたら1973年生まれということで、34年前だということに気がついた。

34年といえば私事だが、実家が新築された年だった。
憶えているのは引っ越した日、弟の誕生日でもあったのだが冷蔵庫は空に等しい状態。夕食で出てきたものは酢イカだったと思う。単なる酒のつまみというか今から思えば寿司か何かぐらいはとれなかったのか?と思ったりもする。

父もそれなりの借金をしたのだが、10年もかからず返済したらしい。
34年前。まだまだ釧路も景気が良かったのだなぁと改めて懐かしく振り返ってみた。
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コメント
この記事へのコメント
34年前のこと・・・・覚えていません(爆
小学6年の時に引越しをしたのだけれど、最初は「しばらく店屋物でもいい」といっていたのですが三日目にして「おかずが何もなくていいから白御飯と味噌汁にしてほしい」と兄と一緒に母に頼んだのは覚えている。
2007/09/04(火) 05:56 | URL | うさぴょん #-[ 編集]
 うさぴょんさんと10歳年齢差があるということが発覚ですな(汗)

 中学一年生ですね。親の転勤に振り回されて、深川市に引っ越した年です。部屋が二つしかない古い公宅に当たってしまいあまり良い思い出がありません。今の公務員は転勤があっても単身赴任で家も早々と建ててしまいますが、父の時代は定年後と決まっていたものです。時代の差かな。
2007/09/04(火) 10:33 | URL | つぼ夫人。 #-[ 編集]
うさぴょんさん。
きっとお母さんは新しい家財道具や荷物の整理に追われ続けていたのでしょう。
幼い兄弟が手を取り合い母にいつものご飯をねだる。なんともほほえましくも羨ましい光景です。

つぼ夫人様。
古い公宅にお住まいとは大変でしたね。
そういう苦労した経験があるからこそマイホームの価値も高まるというものです。
私は引越し前は狭い二間の社宅でしたが、狭いながらも家族が寄り添い温かみを感じていました。
引越し後に自分の部屋を与えられましたが、散らかしていると父の殴る蹴るが始まり、こんなことなら引越しなどしないほうが良かったと泣いてばかりいました(笑)
2007/09/04(火) 21:42 | URL | pira #-[ 編集]
何処にいたんだっけ?・・・ん~と・・・
根室・・・だな・・・うん。
2007/09/05(水) 00:10 | URL | いちみ #-[ 編集]
13年前は中二か・・・
ビートルズと洋楽を夢中で聴いていた時期だな~(世間ではフォークソングブームで井上陽水なんかが人気)
クラスの男子はキャンディーズが断トツ人気で・・・尾崎紀世彦、ビートルズと騒いでいた私とは全く話が合わなく寂しい時期でした。
2007/09/05(水) 01:44 | URL | kiyohiro #-[ 編集]
いちみさん。
34年前の根室は旧ソ連と向き合っていた時代ですね。
今以上に緊張感があったでしょう。
街は賑やかでしたか?

kiyohiro殿。
陽水のその頃の歌が好きです。
今も「紙飛行機」とか「チエちゃん」とか聴いてます。
2007/09/05(水) 20:34 | URL | pira #-[ 編集]
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